マジックがマジックであるための条件とは

最近、Will Tsai がAmerica’s got Talentという番組でやったマジックが話題になっていますね。

見る人によって「素晴らしい」とか「あれはマジックと認められない」とか、「台が怪しい」等様々な意見があります。

 

今回は色々な感想の中で「あれをマジックと認められない」のは何故か、そこから少しだけ発展?して「マジックがマジックであるための条件」(私なりのw)について少しだけ書いていこうと思います。

 

まず、マジックと認められないという意見がどこから来たのかということですが…

恐らく画面越しでないと演じられない可能性が高いからというのが大きいかと。

 

Shin Limの52Shadesと同質のトリックだと予想されていますし、Shin Limのアクトも似たような論争が少しだけあったということは想像に難くないかと思われます。

ただ…こちらはそこまで多くの批判を聞かなかったという印象があります。(しっかりと統計を取っているわけではなく、感覚的な意見なので実情は違うかも知れません)

 

Will TsaiとShin Limを分けたモノ

私から言わせると「使っている道具」の一言になります。

Will Tsaiは見るからに怪しいと言うのは語弊がありますが、何かありそうな台を使っており、Shin Lim は比較的その辺にありそうな机とクロースアップマットを使用しています。

 

ケン・ウエバーの言うメンタルマジックとメンタリズムを分ける要因の1つとして使う道具が挙げられますが、これも似たような状況になっているかと思います。

(個人的に、ケン・ウエバーが『マキシマム・エンターテインメント』で挙げた使う道具に関する論理には完全には賛成していませんが、少なくとも基準の1つではあると考えています)

 

現象の出処が人なのか道具なのか

私の意見はここにあります。

Will Tsaiの場合、現象の出処、現象を起こしているものが道具であると疑われやすく、Shin Limの場合はその人のスキルによって現象が起きているような感覚があります。

 

メンタルエフェクトと同じで、その人の能力によって起きているかもしれないと思わせるものが「メンタリズム」と呼ばれやすいのと似ています。

 

「マジシャンとは魔法使いを演じる役者である」ロベール・ウーダン

この言葉を、魔法使いを演じるのはあくまで人だと言う意味で私は捉えています。

道具が起こすのではなく、人が起こすからこそマジシャンです。

 

Will Tsaiの場合、あまりにも道具による現象っぽすぎたのが上述の批判が起きた原因だと思います。

コインを入れさえすれば誰でも動かせるロボットのような感覚があったのかも?

(今時そんなものが置いてある場所ないかもしれませんが…)

 

マジックがマジックであるための条件とは

1つ、不思議であること

2つ、人が起こしている(様に見える)こと

3つ、仕掛けが疑われないこと

 

この3つでは無いでしょうか?

逆に言えば、人が起こしているように見えて、尚且つ仕掛けが疑われないのであればどんなに怪しい小道具を持ち出してきても良いと思っていますし、どんなに怪しさの無いものであっても仕掛けによって動いていると思われるのであれば、それはマジックにふさわしくないとも言えます。

 

これも私個人の意見ですが、仕掛けが疑われるくらいならスライハンドを疑われたほうが100倍増しです。

仕掛けも技術も疑われないのがベストであるのは間違いありませんが、疑われるならそれが演者によって起こされた、という部分に焦点が当てられるべきだということです。

 

それが例え映像トリックであっても、演者によって起こされたと信じられるならそれはマジックです。

 

少し強引な例えを出すのであれば、ハリー・ポッターの主人公だって作中の中では間違いなく魔法使いです。フィクション中であって、映画の場合それが全てCGだと分かっていても、観ている人は彼が魔法使いということを疑いませんよね?

 

それは、背景や設定、舞台装置が全てハリー・ポッターが魔法使いであることを支持しているからです。

 

Shin Limは今までのDVD等は超絶技巧的なものばかりが紹介されていたので、テクニックを使う人というイメージがあったことも関係があると思います。

初めて見た人は「見えないけど、実はテクニックで現象を起こしてるのでは?」と少しでも思ったのでは無いでしょうか?

 

Will Tsaiはギミックの製作者という印象がすでにマジシャンの間でありましたし、最初から道具を疑われていたのも要因の1つだと思います。

そういった知識がない人が見れば、やはり凄いのかも知れません。

 

結論:キャラクターは大事

やや論理が飛躍したかもしれませんがこの一言に落ち着くはずです。

 

あ、ちなみに、私はWill Tsaiのはアクトは嫌いではありませんよ?

単にマジックとは何かみたいのを考えさせられはしましたが、映像系は嫌いではありません。

 

人によっては映像トリックで良いならマジシャンは要らなくなると言う人もいます。

確かにヴィジュアルなマジックは映像トリックに取って代わられる可能性はありますし、それは自然な流れなのかもしれません。

 

 

私の場合、ヴィジュアルな現象に物理的な限界を感じたのでメンタル系のエフェクトに傾倒していったというのもあります。

 

 

 

 

最後に…先日深夜のテンションで作った動画を…載せておきます…

びっくりするくらい雑なので、見る必要は全くありません(笑)